レマリヤの子ペカはユダの王アザリヤの第五十二年に、サマリヤでイスラエルの王となり、二十年の間、世を治めた。
イスラエルの新しい王、レマルヤの子ペカは、ユダの王アザルヤの第五十二年に即位し、サマリヤで二十年間治めました。
ユダの王アザルヤの治世第五十二年に、レマルヤの子ペカがサマリアでイスラエルの王となり、二十年間王位にあった。
イスラエルの王ヤラベアムの第二十七年に、ユダの王アマジヤの子アザリヤが王となった。
ヤベシの子シャルムはユダの王ウジヤの第三十九年に王となり、サマリヤで一か月世を治めた。
彼が王となった時は十六歳で、五十二年の間エルサレムで世を治めた。その母はエルサレムの出身で、名をエコリアといった。
メナヘムの子ペカヒヤはユダの王アザリヤの第五十年に、サマリヤでイスラエルの王となり、二年の間、世を治めた。
時に彼の副官であったレマリヤの子ペカが、ギレアデびと五十人と共に徒党を結んで彼に敵し、サマリヤの、王の宮殿の天守で彼を撃ち殺した。すなわちペカは彼を殺し、彼に代って王となった。
ペカヒヤのその他の事績と彼がしたすべての事は、イスラエルの王の歴代志の書にしるされている。
彼は主の目の前に悪をおこない、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤラベアムの罪を離れなかった。
そのころ、主はスリヤの王レヂンとレマリヤの子ペカをユダに攻めこさせられた。
ユダの王アザリヤの第三十八年にヤラベアムの子ゼカリヤがサマリヤでイスラエルの王となり、六か月世を治めた。
すなわちレマリヤの子ペカはユダで一日のうちに十二万人を殺した。皆勇士であった。これは彼らがその先祖の神、主を捨てたためである。
ユダの王、ウジヤの子ヨタム、その子アハズの時、スリヤの王レヂンとレマリヤの子であるイスラエルの王ペカとが上ってきて、エルサレムを攻めたが勝つことができなかった。
彼に言いなさい、『気をつけて、静かにし、恐れてはならない。レヂンとスリヤおよびレマリヤの子が激しく怒っても、これら二つの燃え残りのくすぶっている切り株のゆえに心を弱くしてはならない。
エフライムのかしらはサマリヤ、 サマリヤのかしらはレマリヤの子である。 もしあなたがたが信じないならば、 立つことはできない』」。